双極性障害は、うつ病を含む「気分障害」のひとつで、統合失調症と共に、二大精神疾患の一つとされてきた疾患です。
うつ状態だけがおこる病気を「うつ病」と言いますが、このうつ病とほとんど同じうつ状態に加え、うつ状態とは対極の躁状態もあらわれ、これらを繰り返す、慢性の病気です。
昔は「躁うつ病」と呼ばれていましたが、現在では「双極性障害」と呼んでいます。経過の中で、30:1の割合でうつ状態とも言われ、うつ状態である期間が長いため、うつ病との鑑別が困難です。
なお、WHOによる最新の国際疾患分類であるICD-11では、「障害」という言葉が誤解を招く可能性があるとの考えから、新たに「双極症」という日本語訳が使われる予定です。
入院が必要になるほどの激しい興奮を起こすものを「躁状態」といいます。家庭や仕事に重大な支障をきたし、社会的後遺症を残してしまいかねないため注意が必要です。一方、周囲から見て、明らかにいつもと違っていて、気分が高揚し、眠らなくても平気で、仕事もはかどるけれども、本人も周囲の人もさほど困らない程度の状態を、「軽躁状態」といいます。この病態により双極性障害を2種類に分けられます。
双極Ⅰ型障害:ほとんどの場合、うつ状態ですが、前述の躁状態があれば、うつ状態がなくても双極Ⅰ型障害と診断されます。
双極Ⅱ型障害:「軽躁状態」と「うつ状態」の両方がおこるⅡ型双極性障害といいます。
どちらのタイプの双極性障害も治療しないでいると、躁状態とうつ状態を何度も繰り返し、その間に人間関係、社会的信用、仕事や家庭といった人生の基盤が大きく損なわれてしまいます。また精神運動興奮状態を繰り返すと、脳にダメージを受け、人格水準が低下することもあります。ただし双極性障害は精神疾患の中でも治療法や対処法が比較的整っている病気で、薬でコントロールすれば、それまでと変わらない生活を送ることが充分に可能です。
【有病率】
うつ病の生涯有病率は、15%と言われ、ありふれた病気です。一方、双極Ⅰ型障害を発症する人はおよそ1%前後、双極Ⅰ型、Ⅱ型の両方を含めると約3%と言われています。
単純計算でも、日本に数十万人の患者さんがいると見積もられますが、日本での本格的な調査は少なく、はっきりしたことはわかっていません。
前述のようにうつ病、適応障害と診断されていても、実は双極性障害であった患者様も多くみられ、海外では、うつ状態で病院に来ている方のうち、20~30%の方が双極性障害であると言われています。
【原因・発症の要因と、治療】
双極性障害の原因はまだ完全には解明されていません。
この病気は、精神疾患の中でも、もっとも身体的な側面が強い病気と考えられており、ストレスが原因となるような「心」の病気ではありません。精神分析やカウンセリングだけで根本的な治療をすることはできず、薬物療法が必要です。そして、薬物療法と合わせて、心理・社会的な治療が必要となります。
【治療法】
①薬物療法
双極性障害の治療・予防に有効な薬は、抗精神病薬と気分安定薬です。日本で用いられている気分安定薬には、リチウム、ラモトリギン、バルプロ酸、カルバマゼピンがあります。リチウム以外は、元々抗てんかん薬として使われていたものです。しかし催奇形性といい、妊婦さんに用いると、奇形のリスクになってしまうため、妊娠可能な年齢の女性に使用する場合は、十分な説明が必要です。
近年では、非定型抗精神病薬であるクエチアピン、オランザピン、アリピプラゾールも多く使われています。
気分安定薬(リチウム・バルプロ酸・ラモトリギン・カルバマゼピン)は副作用が多く、量の調節が難しい薬でもあります。具体的にはリチウム・バルプロ酸は肝機能障害、意識障害、口渇感などがあり、ラモトリギン・カルバマゼピンは皮膚症状で、時に重大な皮膚症状を起こすこともあります。そのためリチウムを飲む時は、血中濃度を測りながら使わなければいけません。特に飲み始めは血中濃度が不安定なので、短い間隔で定期的に血中濃度を調べます。
近年は、うつ状態、そう状態の時も、抗うつ薬はなるべく避け、非定型抗精神病薬(クエチアピン、オランザピン、アリピプラゾール)で治療します。アリピプラゾールは、月1回注射をすれば、内服の必要がない持続性筋注製剤もあります。
また抗うつ薬は、躁状態を引きおこすことがありますので、双極性障害の方は、できる限り避けた方が良いでしょう。
副作用のない薬はなく、双極性障害の治療薬は限られています。ちょっと副作用がでたからこの薬は合わない、とやめてしまうと、せっかく回復できる可能性があるのに、治るチャンスをみすみす失うことになりかねません。
薬をのまなければいけない、と思うのでなく、これまでに発見されてきた有効な薬をうまく活用しよう、と主体的に考えて、自分の病気のコントロールのために、どのように副作用と折り合いをつけながら治療していこうか、という姿勢で臨むと良いでしょう。
②心理療法
双極性障害は、単なる心の悩みではなく、カウンセリングだけで治ることはありません。しかし、病気をしっかり理解し、その病気に対する心の反応に目を配りつつ、治療がうまくいくように援助していく、「心理教育」は必須です。心理教育では、病気の性質や薬の作用と副作用を理解すると共に、再発の最初の徴候は何かを、自分と家族が把握し、共有することを目指します。
再発した時に最初にでる症状(初期徴候)は何なのかを話あって確認し、本人と家族で共有することが大事なのです。また再発のきっかけになりやすいストレスを事前に予測し、それに対する対処法などを学ぶのも良いでしょう。
③非薬物療法
双極性障害の治療においては、規則正しい生活を送ることも大切です。徹夜を避け、朝はしっかり日の光を浴び、散歩などの軽い運動するなどして、なるべく一定のスケジュールで生活し、気分が不安定な時は過度の社会的刺激を避けるなど、生活を工夫することによって、病気が安定化します。
【患者様へ】
うつ病の治療では、そのうつ状態を治すことが目標になり、多くの場合2年くらいで治療を終了することができます。一方、双極性障害の場合は、躁状態・うつ状態は多くの場合再発を繰り返すため、これを予防することが治療の目標になります。もし、躁状態、うつ状態が治ったからと言って、治療をやめてしまうと、再発を繰り返し、その結果、社会的なダメージが大きくなってしまいます。
双極性障害は、再発予防療法を続けることで、問題なく社会生活を送ることができる病気なのですが、躁状態でもうつ状態でもない、症状がすっかりおさまっている期間も、何も困っていないのに、長期にわたって薬を飲み続けるというのは、並大抵のことではありません。また自分に限ってそんな病気のはずはない、と否認したり、ショックを受けて、落ち込んだりした人もいることでしょう。
患者様自身が病気を受け入れ、主体的に再発予防に取り組み始めることができるかが、その後の人生を大きく変えることになります。双極性障害をうまくコントロールすれば、次第に、病気のことをあまり考えなくても、毎日の生活が楽しく送れるようになるようになると思います。